日本の建築文化は「木」です
国によって建築の方法や材料が異なり、日本は木の文化であり、カンボジアやエジプトは石の文化なのですが、これらは単純な優劣の問題ではなく、あくまでも地域性ということに注意が必要です、有効な材料は何なのか、またその運搬が容易なのか、そして気候や地震などの特殊要素があるかなど、国や地域によって違うわけですから、当然地域差が生じ、その中で最適な技術が発達していくのです。
つまり、日本人は木を扱う技術が優れているわけで、カンボジアやエジプト人は石を扱うことが優れているというだけでして、これが地域性ということです。
日本でも初詣は神社や寺に参拝しに行くと思いますが、あの建物を建築できる人は海外にはいませんし、あれほど繊細で優れている木造建築物は他に知りません。
さらに言えばその上での結果に差が出ることはありますし、もちろん木よりも石による方が、大建造物の建造が可能になのですが、これも結果の差だけであって決して優劣ではありません。
例えば、日本の古い建物は地震などが起きても耐久性に優れているものが多いのですが、逆を言えば、地震に弱い石造建築物を否定することはできないのと同じことでして、種類は違おますが、日本の神社や古墳は十分ピラミッドに対抗しうる建築物であることは、間違いありません。
科学技術
古代エジプトでは、紀元前3000年頃にヒエログリフと呼ばれている文字が生まれたのですが、それに対し日本では、古墳時代後期に朝鮮半島から、文字がもたらされたとしているので、スタート時点で大きな差があり、決定的なのは日本には科学技術が無かったから、ピラミッドのような建築物が出来なかったとされています。
日本では明治時代になるまで建築技術も土木技術もほとんど発達しなかったわけですが、土を高くつんでも限界があり、それ以上高く積むためには素材を替える必要があります。
ピラミッドは石灰石を加工した石材を組み合わせたものでして、日本でも石灰石は産出するのですが、運搬技術も加工技術もなかったので、日本では石垣に利用された程度です。
エジプトは高度な科学技術があったから建築できたわけで、中国でもピラミッドは作られていませんし、中国から朝鮮半島経由で科学技術が伝わらない限り不可能だったのです。
技術が無かったからピラミッドを作ろうという発想が無かったのか、発想が無かったから技術が生まれなかったか、それは微妙な問題です。
しかし、ピラミッドは文化ですので、日本人の性質的にも作るという発想はなかったでしょうし、作る気もなかったでしょうね。